LLMはなぜ計算が苦手なのか
LLM(大規模言語モデル)は、文章作成や要約、翻訳、情報整理、質問への回答など、さまざまな言語処理を得意としています。
一方で、桁数の多い掛け算や複雑な連続計算などでは、計算結果を間違えることがあります。
一見すると、非常に高度な推論ができるLLMが単純な算数を間違えるのは不思議に感じるかもしれません。
しかし、これはLLMの基本的な仕組みを理解すると説明できます。
LLMは、電卓のように厳密な数値演算を行うことを主目的として設計されたシステムではありません。
基本的には、入力されたトークン列をもとに、次に続くトークンを予測することで文章や回答を生成するモデルです。
そのため、数学的な推論能力が高いモデルであっても、すべての数値計算を常に正確に実行できるとは限りません。
LLMは電卓とは仕組みが異なる
電卓は決められたアルゴリズムで計算する
一般的な電卓やコンピュータプログラムでは、数値計算の方法が明確に定義されています。
たとえば「123 × 456」を計算する場合、掛け算のアルゴリズムに従って数値を処理します。
アルゴリズムやハードウェアが正しく動作していれば、基本的には同じ入力に対して同じ正確な答えが得られます。
つまり、電卓の目的は「厳密に数値を計算すること」です。
LLMは次のトークンを予測している
一方、一般的なLLMは文章をトークンと呼ばれる単位に分割し、それまでの文脈をもとに次のトークンを予測します。
たとえば、
「123 × 456 =」
という入力が与えられた場合でも、LLM内部で必ず電卓と同じ乗算アルゴリズムが実行されているわけではありません。
学習によって獲得した数値パターンや算術的な規則、内部表現などを利用して答えを生成します。
LLMが掛け算の手順に相当する処理を学習している場合もありますが、通常のプログラムのように、その手順が常に厳密に実行されることが保証されているわけではありません。
この違いが、LLMで計算ミスが起こる大きな理由の一つです。
数字もトークンとして処理される
数字が一つの数値として扱われるとは限らない
LLMでは、文章だけでなく数字もトークンへ変換されます。
たとえば、
123456789
という数字が、モデルやトークナイザーによっては複数のトークンに分割される場合があります。
そのため、LLMが数字を見るとき、人間やプログラムが整数型の値として扱う場合とは内部表現が異なります。
数字も入力系列の一部としてニューラルネットワークへ与えられます。
トークン化だけが原因ではない
ただし、「数字がトークン化されるから計算できない」と説明するのは正確ではありません。
LLMの算術能力には、トークン化以外にもさまざまな要因が関係しています。
特に重要なのが、数字の桁位置です。
加算や減算では、一の位、十の位、百の位といった位置を正確に対応させる必要があります。
さらに、繰り上がりや繰り下がりが発生すれば、ある桁で得られた情報を次の桁へ正しく伝えなければなりません。
そのため、多桁の計算では桁の位置関係を正確に扱う能力が重要になります。
桁数が増えるほど計算が難しくなりやすい
短い計算は比較的正確に答えやすい
たとえば、
2 + 3
10 × 10
100 − 25
といった基本的な計算であれば、LLMは高い精度で答えられることが多いです。
このような計算は学習データにも頻繁に登場し、数値パターンも単純だからです。
長い数字では長さ一般化が必要になる
一方、
284,739,285 × 7,493,821
のように桁数が増えると、難易度は大きく上がります。
このような問題では、各桁の位置関係を正しく認識しながら、多数の部分計算を処理しなければなりません。
さらに、学習時に多く見た数字よりも長い数を処理する場合には、「長さ一般化」と呼ばれる能力が必要になります。
一般的なLLMやTransformerでは、学習時の分布を大きく超える長さの算術処理が難しくなることがあります。
そのため、桁数が増えるほど計算ミスが起きやすくなる傾向があります。
繰り上がりや繰り下がりは難易度を高める
複数桁に情報を伝える必要がある
たとえば、
9998 + 7
を計算すると、答えは10005です。
この計算では、複数の桁にわたって繰り上がりが発生します。
通常の筆算では、一つの桁で発生した繰り上がりを次の桁へ順番に伝えます。
この処理をすべて正確に行う必要があります。
LLMもこうした規則を学習することはできますが、桁数が増えたり入力形式が変化したりすると、一般化に失敗する場合があります。
そのため、多段階の繰り上がりや繰り下がりを含む計算は、単純な一桁同士の計算より難しくなります。
LLMは算術アルゴリズムを学習することもある
「単に暗記しているだけ」とは限らない
LLMの計算について、
「学習データにある答えを暗記しているだけ」
と説明されることがあります。
しかし、これは単純化しすぎた説明です。
LLMは学習データから数値パターンを記憶するだけでなく、加算や乗算に関係する規則や手順をある程度一般化して学習する場合があります。
そのため、学習データに存在しない計算問題でも正しく答えられることがあります。
記憶と一般化を完全には分けられない
一方で、ある計算への回答が、
訓練データの記憶によるものなのか、
学習した規則を一般化したものなのか、
複数の処理が組み合わさったものなのか、
外部から完全に判別するのは簡単ではありません。
そのため、LLMの計算能力を「暗記」だけで説明するのは適切ではありません。
より正確には、学習したパターン、内部表現、算術的な規則などを組み合わせて回答していると考えるのがよいでしょう。
Transformerは整数計算専用の仕組みではない
Transformerは系列データを扱う汎用アーキテクチャ
多くのLLMでは、Transformerと呼ばれるニューラルネットワークが利用されています。
Transformerは文章中の離れた単語同士の関係を捉えたり、長い文脈を処理したりすることを得意としています。
そのため、自然言語処理をはじめ、さまざまな用途で利用されています。
しかし、TransformerそのものはCPUの整数演算器のように、算数専用に設計された仕組みではありません。
Transformerでも計算は学習できる
ただし、Transformerだから計算できないという意味ではありません。
適切な学習方法や位置表現、入力形式などを利用することで、加算や乗算などのアルゴリズム的な処理を学習できることが研究で示されています。
つまり、問題は「Transformerには計算能力がない」ということではありません。
自然言語を中心に学習した一般的なLLMでは、厳密な算術処理を長い桁数まで安定して一般化することが難しい場合がある、という点が重要です。
LLM内部では膨大な数値計算が行われている
LLMを動かすための計算と算数能力は別物
LLMが計算を間違えると聞くと、
「GPUでは大量の計算をしているのに、なぜ掛け算を間違えるのか」
と疑問に感じるかもしれません。
実際、LLMを動かすときには膨大な数値計算が実行されています。
ニューラルネットワーク内部では、
行列積、
Attention、
各種の非線形変換
など、多数の演算が行われています。
しかし、これらはLLMというニューラルネットワークそのものを動作させるための計算です。
ユーザーから与えられた算数問題を解く処理とは別です。
つまり、
「AIを動かしているコンピュータが計算できること」
と、
「LLMが算数問題を正確に解けること」
は同じではありません。
長い計算では途中の誤りが影響しやすい
多段階の問題では中間処理が増える
複雑な数学問題では、一度の演算だけで答えが出るとは限りません。
たとえば、
(348 × 72) + (596 × 43) − 8,942
という問題では、複数の掛け算を行い、その結果を足し合わせ、最後に引き算をする必要があります。
つまり、複数の中間計算が発生します。
一つのミスが後続の計算へ影響する
LLMが途中の計算で誤った値を生成すると、その値を使って次の処理を続ける可能性があります。
そのため、一つの小さな計算ミスが最終回答まで影響することがあります。
計算ステップが増えるほど、このような誤りの連鎖が発生する余地も増えます。
ただし、LLMが中間情報を単純に文字列だけで保持しているという意味ではありません。
Transformer内部では、Attentionや隠れ表現などを通じて情報が処理されています。
それでも、長い推論過程で生成された誤情報が後続の出力へ影響する可能性は残ります。
「確率的だから計算を間違える」だけではない
LLMはトークンごとの確率を計算する
LLMは、次に出力するトークンについて確率分布を計算します。
そのため、一般には確率モデルと呼ぶことができます。
しかし、
「LLMは確率的だから計算を間違える」
と説明するだけでは十分ではありません。
出力方法を決定的に設定した場合でも、計算結果を間違えることがあるからです。
本質は生成タスクと厳密計算の違い
文章では、
「今日は晴れています」
と、
「今日は良い天気です」
のどちらも自然な回答になることがあります。
一方、
123 × 456
の答えは56,088です。
56,087では正解になりません。
自然言語では複数の適切な表現が許されますが、算術では唯一の正しい数値が求められる場合が多くあります。
そのため、柔軟な文章生成を得意とするLLMと、厳密な数値計算には性質の違いがあります。
「計算が苦手」と「数学が苦手」は同じではない
LLMは高度な数学的推論ができる場合もある
LLMが長い掛け算を間違えることがあるからといって、数学全般が苦手というわけではありません。
近年の推論モデルでは、数学的な推論能力が大きく向上しています。
たとえば、
方程式の解法、
微積分、
確率・統計、
線形代数、
数学的証明、
文章題の定式化
など、高度な数学問題を解ける場合があります。
難しい数学問題を解けても単純計算を間違える場合がある
一見すると矛盾しているようですが、
「高度な数学問題を解けるのに、長い整数の掛け算を間違える」
ということは起こり得ます。
これは、高度な数学的推論と、桁単位で正確に処理する算術計算が異なる能力だからです。
したがって、
「LLMは数学が苦手」
と一括りにするのではなく、
「LLM単体では、厳密な数値計算の正確性が常に保証されるわけではない」
と理解するほうが適切です。
推論能力の向上によって計算精度も改善している
問題を段階的に処理できるようになっている
近年のLLMでは、すぐに回答を出すのではなく、より多くの推論処理を行って問題を解くモデルが増えています。
複雑な数学問題では、
問題を理解する、
必要な式を考える、
問題を分解する、
計算する、
結果を確認する
といった処理を組み合わせることで、正答率を高めることができます。
このような推論能力の向上によって、数学や算術の性能も改善しています。
それでも厳密性が保証されるわけではない
ただし、推論能力が高いモデルであっても、すべての計算結果が正しいと保証されるわけではありません。
特に、非常に長い整数計算や大量の数値処理では、専用ツールを利用したほうが確実です。
Pythonや電卓を使うと計算精度を高められる
LLMと計算ツールは役割が異なる
LLMの弱点を補う代表的な方法が、外部ツールとの連携です。
たとえば、
電卓、
Python、
表計算ソフト、
SQL、
数式処理システム
などを利用できます。
LLMは、
「何を計算する必要があるのか」
「どの式を使えばよいのか」
「結果をどのように解釈すればよいのか」
といった判断を担当できます。
一方、実際の数値計算は専用ツールに任せることができます。
この役割分担によって、高度な推論能力と高い計算精度を両立できます。
最新のAIではツール利用も重要になっている
現在のAIシステムでは、LLMが必要に応じて外部ツールを利用する仕組みが一般化しています。
大量データの集計や複雑な数値処理では、LLM単体で無理に計算するよりも、Pythonなどへ処理を任せるほうが合理的です。
そのため、LLMの計算能力を考える場合は、「モデル単体の能力」と「ツールを含めたAIシステム全体の能力」を分けて考える必要があります。
RAGは計算エンジンの代わりにはならない
RAGは知識を取得するための仕組み
RAGは、外部の文書やデータベースから関連情報を検索し、その情報をLLMへ提供する仕組みです。
そのため、
最新情報を取得する、
社内文書を検索する、
専門情報を参照する
といった用途には適しています。
厳密な計算には別のツールが必要
一方、RAGそのものが数値計算エンジンになるわけではありません。
たとえば大量の売上データをRAGで取得できても、その数千件の数値を正確に集計するには、PythonやSQLなどを使うほうが適しています。
ただし、RAGによって数式や計算方法、必要なデータを取得し、問題解決を間接的に支援することは可能です。
そのため、
「RAGは計算能力を直接追加する仕組みではないが、計算に必要な知識やデータを補うことはできる」
と考えるのが適切です。
LLMが比較的得意な処理と苦手になりやすい処理
比較的得意な処理
LLMは、次のような処理では高い能力を発揮する場合があります。
簡単な四則演算、
数式の意味の説明、
数学問題の解法説明、
文章題を数式へ変換する作業、
数学的な概念の説明、
問題を複数のステップに分解する処理などです。
特に最新の推論モデルでは、数学的推論能力が大きく向上しています。
苦手になりやすい処理
一方、次のような処理では注意が必要です。
非常に長い整数の計算、
多数の桁を扱う四則演算、
大量の数値データの集計、
長い連続計算、
多数の中間結果を必要とする処理、
厳密な数値精度が必要な計算などです。
このような処理では、LLMの回答をそのまま利用するのではなく、計算ツールによる検証が重要になります。
LLMの計算結果は用途に応じて検証することが重要
LLMによる計算結果をどの程度信用できるかは、用途によって異なります。
概算、
考え方の確認、
計算式の作成、
数学的な概念の理解
といった用途であれば、LLMは非常に便利です。
一方、
会計、
税金、
請求金額、
投資計算、
統計分析、
科学計算、
大量データ集計
など、数値の誤差が問題になる用途では、専用ツールによる検算が重要です。
LLMに計算方法を考えさせ、実際の演算はPythonや電卓などで行うという使い分けが効果的です。
まとめ
LLMが計算を苦手とする理由は、LLMが電卓のような数値演算専用システムではなく、基本的にはトークン列を処理して次の出力を生成するニューラルネットワークだからです。
LLMは算術の規則やアルゴリズム的な処理を学習することもできますが、その処理がすべての入力に対して厳密に実行されることが保証されているわけではありません。
特に、桁数が増える計算や、繰り上がりが多い計算、長い中間処理が必要な問題では、誤りが起きやすくなる傾向があります。
ただし、これは「LLMは数学ができない」という意味ではありません。
最新の推論モデルは、高度な数学問題でも優れた性能を示すようになっています。
重要なのは、「数学的推論能力」と「厳密な数値演算能力」を分けて考えることです。
LLMには問題の理解や数式の構築、推論を担当させ、厳密な数値計算にはPythonや電卓、表計算ソフトなどを利用することで、それぞれの長所を生かすことができます。
そのため、現在のLLMを利用する際は、「LLM単体で計算させる」のではなく、「必要に応じて計算ツールと組み合わせる」という考え方が重要です。
以上、LLMはなぜ計算が苦手なのかについてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
