スレッドセーフの正確な定義
C++においてスレッドセーフとは、
- 複数のスレッドから同時に実行されても
- データ競合が発生せず
- 未定義動作に陥らず
- 言語仕様として結果が保証される
という性質を指します。
ここで重要なのは、「たまたま正しく動く」「クラッシュしない」では不十分であり、C++標準で定義された動作として安全であることが条件だという点です。
C++でスレッドセーフが難しい理由
C++は非常に低レベルな制御が可能な言語であり、
- メモリ管理
- オブジェクトの寿命
- データの共有範囲
- 同期の有無
といった要素を、原則としてすべてプログラマに委ねています。
そのため、何も考慮しなければスレッドセーフにはならないのがC++の基本姿勢です。
「明示的に設計し、明示的に同期しない限り、安全は保証されない」という前提が常にあります。
データ競合と未定義動作の関係
C++のマルチスレッドにおいて最も重要なルールは次の一点です。
- 同じメモリ領域に対して
- 複数のスレッドが同時にアクセスし
- 少なくとも一方が書き込みを行い
- それらのアクセス間に適切な同期がない
この条件を満たすと、データ競合が発生し、結果は未定義動作になります。
未定義動作とは、「結果が不定」という意味ではなく、コンパイラや実行環境がどのような振る舞いをしても文句を言えない状態を指します。
値が壊れるだけでなく、最適化によって処理そのものが消えたり、関係のない部分に影響が出る可能性もあります。
スレッドセーフを実現する基本的な考え方
C++でスレッドセーフを実現する方法は複数ありますが、本質的には次の発想の組み合わせです。
排他制御による同期
共有状態へのアクセスを直列化することで、同時実行を防ぎます。
これは最も理解しやすく、最も確実な方法です。
重要なのは、ロックの取得と解放を例外や制御フローの変化から確実に守る設計を行うことです。
手動管理ではなく、オブジェクトの寿命と結びついた管理が推奨されます。
原子操作による競合回避
単一の共有状態に対しては、原子操作を用いることでデータ競合を防げます。
ただし、原子操作が保証するのは その対象となる単一の状態の整合性のみ です。
複数の値の関係性や、不変条件全体の整合性までは保証されません。
また、メモリ順序に関する指定は高度な知識を要求するため、特別な理由がない限り、最も強い保証を持つデフォルトの順序を使うのが安全です。
不変オブジェクトによる設計
一度構築した後に状態を変更しないオブジェクトは、複数スレッドから安全に共有できます。
このアプローチは、
- ロックが不要
- 実装が単純
- バグの混入余地が少ない
という点で非常に強力です。
実務では「スレッドセーフにする」よりも、「そもそも変更できない設計にする」ほうが優れた解決になるケースが多くあります。
スレッドごとの独立状態
各スレッドが独自の状態を持つ設計にすれば、共有自体が発生しません。
この場合、同期は不要であり、競合も起きません。
ログ用バッファや一時的なキャッシュなどでよく使われる考え方です。
標準ライブラリとスレッドセーフの誤解しやすい点
標準コンテナの扱い
C++の標準コンテナは、内部で自動的に同期してくれる設計ではありません。
同一のコンテナに対して複数スレッドがアクセスする場合、
- 読み取り専用の操作同士であれば、同時に行っても問題にならない
- 一方でも状態を変更する操作が含まれる場合、他方が読み取りだけでも安全とは限らない
という点を強く意識する必要があります。
特に変更操作によって内部構造や要素の配置が変わる可能性があるため、「書き込みと読み取りを同時に行う」という使い方は、原則として危険です。
関数内の静的オブジェクト
関数内に定義された静的オブジェクトについては、初期化そのものはC++11以降スレッドセーフです。
ただし、その後の利用が安全かどうかは別問題です。
初期化後に複数スレッドから同時に状態を変更すれば、通常の共有データと同様にデータ競合が発生します。
デッドロックと設計上の注意点
複数の排他制御を扱う場合、取得順序が不一致だとデッドロックが発生する可能性があります。
これを防ぐためには、
- ロックの取得順序を設計段階で統一する
- 複数の排他制御をまとめて取得する仕組みを使う
といった対策が重要です。
実務での設計指針
C++におけるスレッドセーフ設計で最も重要なのは、実装よりも設計です。
優先順位としては、
- 共有しない構造にできないか
- 不変オブジェクトにできないか
- スレッド間で値を直接触らせない設計にできないか
- それでも必要なら排他制御を使う
- 単純な共有値に限って原子操作を使う
という順序で考えると、バグの少ない設計になります。
また、クラスやAPIについては、
- スレッドセーフかどうか
- どの範囲まで保証するのか
- 利用者側に何を要求するのか
を明確に文書化することが、長期的な保守性に直結します。
まとめ
- C++ではデータ競合は即未定義動作につながる
- スレッドセーフは「結果が正しい」だけでなく「仕様上保証されている」ことが重要
- 排他制御や原子操作は手段であり、最優先は設計
- 共有しない・変更しない設計が最も強力
- 標準ライブラリは自動で安全にしてくれるわけではない
以上、C++のスレッドセーフについてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
